院長挨拶


紀元前5世紀古代ギリシャに生まれたヒポクラテスが健康・病気を自然の現象ととらえて、科学に基づく医学の基礎概念を作ったことは有名ですが、古代から二千年以上にわたりヨーロッパでは医療といえば魔術、占星術、あやしい民間療法が幅をきかせていて、本当に医療が科学になったのは、ここ100年あまりのことだといわれています。例えば、その頃の西洋医学で最も頻繁に行われていた治療法に瀉血療法があります。血液は生命力の象徴であるので病気の原因はすべて病んだ悪い血液であるというこじつけ理論をもとに、病気を治すにはその病んだ血液を排除すればよいと考えられたのです。病気で臥せっている患者の血を可能な限り、気絶するまで抜いてしまうという今では想像できない療法ですが、もし患者が助かった場合は瀉血という治療法が正しかったからである、と判断されました。逆に患者が死亡した場合は、十分に悪い血液を抜かなかったからである、という理屈がまかり通っていました。何があっても瀉血という治療法は常に正しいのだという認識が是正されることなく、この方法は病気を治す最も標準的な治療法として19世紀半ばまで施行されてきたのです。


 しかし、現代の我々はこのような事実を遠い昔の話だと簡単に笑いとばせるでしょうか。今日、インターネットや放送媒体(テレビ、ラジオ)をはじめとするさまざまな手段でおびただしい量の医療情報が短時間で見聞きできるようになったとはいえ、その分多くの誤った情報や偏見が巷にあふれています。そういった情報にけっこう右往左往している我々ですから、単純に昔の人々を見下すことは決してできません。

 

私たち東京朝日会が医療人として日常診療や介護、リハビリテーションなどにあたり常に留意していることは、まずは患者。利用者との対話を通して医学的誤解を解き、不安を和らげるということです。そこから出発しなければ、どんなに医療技術が高くても、また設備が整っていても、円滑で的を得た医療・介護はできないと考えています。また、 医師や看護師、あるいは介護する者が健康情報を伝える際には、弱い立場にあり不安感でいっぱいの受診者や施設利用者の視点に沿って、わかりやすくかつ正し く伝えるよう心がけています。

 

日本ではあと十年もすれば高齢者人口が35% を超える超高齢化社会となり、虚弱、生活習慣病、認知症およびそれらがからみあった老年症候群とよばれる問題を抱える人がどんどん増えていきます。またそ れに伴って、癌、肺炎、脳卒中・心筋梗塞などの心脳血管疾患の発症がさらに激増することが予測されます。あさひ病院は脳卒中、リハビリテーション、生活習慣病や老年病などを主な診療対象としていて、健康寿命を延ばすことが基本的使命と考えています。しかしながら、現実には肺炎後の廃用症候群や脳卒中後遺症による身体障害や認知症の悪化による寝たきり患者は後を絶ちません。例えば、日本では寝たきりの原因として約40%を脳卒中が占めており、医療現場並びに行政に深刻な影響を与えています。また、臨床の実際においては、体力虚弱化や嚥下障害が誤嚥性肺炎の誘因となり、生命予後を脅かす大きな問題となっています。

 

その一方では、肺炎や脳卒中後もほとんど後遺症なく過ごしている人、後遺症は残っても職場復帰した人、社会的に自立している人すなわち健康寿命を維持してい る人は少なくありません。迅速で適切な急性期治療、リハビリや包括的な慢性期管理により、物忘れや転倒もなく、未来への希望を抱かせる生活を過ごせるようになることは決して不可能ではありません。

 

信頼される地域医療、生命を脅かす疾患の予防と的確な治療、介護事業の充実等々、未来を志向する医療と介護を、あさひ病院を中心とする東京朝日会はこれからも皆様とともに推進していきたいと思います。