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ちょっと気になる健康問題 ~第5回~

糖尿病の話 <その1>


紀元前エジプトの遺跡で発見された文書において、すでに「極度の多尿、口渇」など糖尿病(DM)を思わせる記載があると伝えられています。しかし、病因がわからないまま時代は流れ、膵臓がそれに関係することがわかったのはやっと17世紀になってからです。それでも有効な治療法の発見にはなかなか至らず、1910年代になって「全熱量の制限を行うべきだ」とする考え方すなわち「食事制限」が初めて提唱されました。さらに、今から100年足らず前の1921年ついにインスリンが発見され、その翌年には臨床応用されるようになりました。


その後インスリン製剤は遺伝子工学の進歩にともなって多くの改良がなされ、今日に至っています。また、1960年代に経口血糖降下薬が開発され、内服による血糖コントロールも臨床の場で日常的に行われるようになりました。その後2000年代に入って新たな作用機序を有する薬剤が次々に登場するようになり、今やこれらの薬剤をすべて合わせると8種類にもなります。インスリン注射等の注射製剤ともども患者の病態に合わせてうまく薬剤を選択するのには医療従事者にとって相当な知識と経験が要求されるようになりました。有効な治療法がなかった時代には昏睡や失明予防が重要課題でしたが、今日では糖尿病治療の目標は、健康な人と変わらない日常生活の質(QOL)を維持し、健康な人と変わらない寿命を確保することであると提起されています。

 

 

日本では糖尿病患者がいまや500万人とも600万人ともいわれています。それ以外にも予備群といわれる人もいます。糖尿病の初期は自覚症状に乏しく、進行すると眼底の網膜症による失明、腎不全や心筋梗塞などの深刻な合併症を引き起こすおそれがあります。しかし、健康診断や特定健康診査で血糖値が高いことを指摘されても、何も症状がないことや多忙などを理由に医療機関を受診せず放置したり、自己判断で治療を中断したりすることが大きな医療問題となっています。言いかえれば、一見何事もない日常生活のなかで自覚のないまま病気が進行して、働き盛りの人々を重篤な病におとしいれる、これが糖尿病の極めて現代的な恐ろしさであり社会的な問題点なのです。

 

 

現在、日本における糖尿病の背景には、従来から指摘されていた「エネルギー過剰になりやすい生活習慣や高脂肪食・運動不足が招く肥満・内臓脂肪蓄積を原因とする病態」に加え、特に高齢者を中心としたサルコペニア(加齢に伴う筋力低下および筋肉量の減少)といった病態が関与するようになってきています。また、医療の進歩に伴う健康寿命の延伸による超高齢化社会においては、糖尿病の合併症も従来の細小血管合併症や動脈硬化性疾患に加えて、非アルコール性脂肪肝、認知症、骨粗鬆症、フレイル(Frail=加齢に伴う様々な機能変化や予備能力低下によって健康障害に対する脆弱性が増加した状態)などが注目され、それらに対する予防も重要視されるようになりました。

 

 

元気なのに糖尿病はなぜ治療介入が必要なのかを理解することが老若を問わず日常生活を健やかに過ごすためにいかに大切であるかを認識しなければなりません。糖尿病をよく知り理解すれば、それすなわち現代人にとって生活の良き指針となります。今後、この欄では折にふれて糖尿病についてお話していきたいと思います。

 

 

 

院長 金 秀樹